【歌川広重】『金沢八景』【全8図】 

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『金沢八景 小泉夜雨』 作者:歌川広重

【金沢八景シリーズ】
金沢には、古くから景観的に優れた地域が多く、その場所を『金沢八景』と呼称していた。八景の由来は、10世紀の北栄(中国の王朝)で選ばれた瀟湘八景から来ており、日本をはじめ、台湾、朝鮮などでは景観の優れた場所を一括りにし『○○八景』などと呼んだ。国内の有名な八景には、博多八景や近江八景などが知られている。

金沢八景は、鎌倉時代より確認されており、江戸時代に入って、後北条氏のもと家臣であった三浦浄心が『名所和歌物語』(1614年)の中で金沢の地名を名指したことが金沢八景の最も古い例である。選定された8つの場所は名称で、『小泉夜雨』、『称名晩鐘』、『乙艫帰帆』、『洲崎晴嵐』、『瀬戸秋月』、『平潟落雁』、『野島夕照』、『内川暮雪』となっており、寺神社から湾や入江などがある。名称の前半2文字が場所の名称で後半2文字が美しいとされる気候などの状態である。

この金沢八景を題材に、歌川広重が8つの大判錦絵の制作しており、作品名はそのまま『金沢八景』となっている。刊行年は天保5年(1834年)頃からで、後に広重の代表的な作品となった。作品の構成は、横長の画面に下半分に風景、上半分に背景の空や遠景と作品を説明する文字、広重の落款が描かれている。

 

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『金沢八景 小泉夜雨』

小泉は、横浜市金沢区釜利谷にある手子神社の東側を中心とした場所で、現在では区画整理などで当時の風景は失われている。本図では、右手に斜面が見え、左手に海が望めるが、平潟湾などの海岸までは数kmの距離があり、名称の地と作図された地では誤差があると考えられる。図内で斜線で描かれている雨は、広重の作品ではよく登場し、作品ごとに雨線の太さや角度などが微妙に違い、表現の工夫が感じられる。

 

 

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『金沢八景 称名晩鐘』

題名にある称名とは横浜市金沢区金沢町にある称名寺のことで、1258年(正嘉2年)に創建されたものである。称名晩鐘は、称名寺の周辺に響く鐘の音のことであり、具体的な気象条件などではない。しかし、夕時を知らせる鐘の音色に情景を感じるといった詩的な題材である。
本図では、海側から称名寺の付近を眺めており、手前には小舟に乗る人々が描かれている。名称の詩的な風景に合わせるように、人々の営みと風景を組み合わせる構図は見事である。

 

 

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『金沢八景 乙艫帰帆』

乙艫は、現在の海の公園付近が埋め立てられる前の寺前地区の旧海岸線の一帯である。乙艫という地名は平潟湾の東側にある乙艫町に使われているが、寺前地区から少し離れている為、昔とは多少場所が違っていると考えられる。
図内では、行き交う旅人が描かれていることからある程度人通りがあったようだが、海岸近くなので建物の類いは見られない。題名に帰帆とあるように海岸を行く船が画面左側に向かって航行している。題名にある場面をあえて描かずに、想像を喚起させるような構図を選ぶのは広重の得意とした手法である。

 

 

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『金沢八景 洲崎晴嵐』

洲崎は、洲崎神社を中心にした横浜市金沢区洲崎町の一帯である。洲崎神社は、1311年(応長元年)の津波で流されて、1838年(天保9年)に再建された神社である。本シリーズが1834年から刊行されているので、恐らくは新しい建物が完成される前に描かれたものである。題名にある晴嵐とは、

晴れた日の霞のことである。

製塩が盛んであったので、本図でも海水を煮詰める煎熬小屋が描かれている。海岸線が入り組んでおり、陸地が海に向かって数カ所突き出している為、地名に「崎」が付けられている。

 

 

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『金沢八景 瀬戸秋月』

瀬戸とは、瀬戸神社のある横浜市金沢区瀬戸のことで、平潟湾の北側に位置している。現在では、海岸線側に横須賀街道があり、陸側には横浜市立大学のキャンパスが広がる地域である。江戸時代とは町並みが変化し、店舗や住宅などの建物が多くなっているが、金沢八景駅があるなど名称として当時の名残が感じられる。
本図では、瀬戸の景色を秋の満月と共に描かれており、非常に情緒的な作品になっている。中央では、小さな橋を人が渡っている場面が描かれているが、この地には瀬戸橋と呼ばれる日本最古の海上橋がある為、それに関連したものではないかと考えられる。

 

 

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『金沢八景 野島夕照』

野島は、横浜市金沢区野島町の付近で平潟湾の南側にある。現在では夕照橋と呼ばれる橋があり、野島と六浦を繋いでいるが、この名称は野島夕照からきてると考えられる。
本図では、野島にある小山を背景に、網漁業をする漁師が描かれている。特に目を引くのは、画面左にある海面から突き出したような地形である。このような特殊な地形が八景の醍醐味であろう。また、背景の水平線がぼんやりと赤らんでいるところが、夕照の美しさを現している。

 

 

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『金沢八景 内川暮雪』

内川は、平潟湾の西側にある九覧亭の付近とする説と、その更に200m程度内陸の内川入江付近とする説があるが、どちらにしても平潟湾の西側の陸地からの景色を指していることに変わりはない。
本図でも分かるように、内川から平潟湾までの陸地には景観を遮るものが少なく、一面の雪景色が綺麗に見えている。雪の降る静寂な光景の中に、笠を被った人たちが新雪を踏みながら歩く姿は何とも幻想的に感じられる。

 

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