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12月 21

【写真】小さな町の恐怖【ピューリッツァー賞】

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トーマス・J・ケリー3世(ポッツタウン・マーキュリー紙 “小さな町の恐怖(Tragedy on Sanatoga Road)” 1979年 ニュース速報部門

1978年5月10日、カメラマンのトーマス・J・ケリー3世は警察無線から次のような情報を聞いた、「何者かが刃物で人を刺している模様。前庭の芝生に死体・・・銃を持っている恐れあり・・・注意せよ」。ケリーは事件を取材するため急いで現場に向かった。現場はペンシルベニア州ポッツタウンの閑静な住宅街だった。ケリーが駆け付けた時にはまだ警察は到着してなかったが、ほどなくして辺りを救急車とパトカーが埋め尽くした。
事件が起こる前、近くの病院に勤務するリチャード・グリーストは自宅に昼食を食べに帰っていた。グリースト家の何気ない日常はリチャードの行動で最悪の方向に向かっていた。まず発見されたのは庭先に倒れたリチャードの母であった。彼女は血だらけで救急車に乗せられ病院に搬送された。その後、リチャードの兄ジョーは事件の状況を把握し、子供たちを助ける為に家に飛び込んだ。間もなくジョーは自分の子供2人とリチャードの子供を助け出した。しかし、リチャードの妻と娘のベス・アンは家の中に取り残されたままだった。
その後、事態は硬直し、中の様子が分からない警官隊は突入できずにいた。兄のジョーは拡声器でリチャードに家族を開放するように呼びかけたが効果はなかった。そのうち、家のドアが開き中から娘が出てきた。彼女の顔はドライバーで刺され血だらけでありすぐに救急車で運ばれていった。
その後、リチャードと妻だけになった家に警察が一斉に侵入した。家の中にはめった刺しにされた妻の死体とペットの猫の死骸の横に立つリチャードの姿が発見された。リチャードはすぐに取り押さえられ、パトカーに運ばれたが、外でカメラを構えていたケリーを発見すると駆け出して、ケリーに「やったのはジョーだ」と叫び始めた。ケリーはこの姿をカメラに収めていた。
逮捕されたリチャードは精神科病院に収容された。ケリーが殺人鬼に詰め寄られる恐怖を抑えて撮影した写真は世界に配信され、ピューリッツァー賞を受賞したが、ケリーの精神的な恐怖は何か月も彼を苦しめた。

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