『自画像』 1630年代
アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Lomi Gentileschi 、1593年7月8日 – 1652年[1])は17世紀イタリア、カラヴァッジオ派の女性画家。
【概要】
アルテミジアはローマの画家であるオラツィオ・ジェンティレスキの長女として生まれた。当時は世襲の画家が多く、アルテミジアも父に倣って画家の道を歩み始めた。そして現在では父よりも有名な画家であることは確かである。
アルテミジアは父の絵画の技法などを習いながら画家としての頭角を現してくるが、1612年に起こったレイプ事件の後に更に有名になるのである。レイプ事件とは、彼女の指導役として雇われていたアゴスティーニ・タッシに性的虐待を受けた事件である。当時19歳の彼女に性的虐待をしたアゴスティーニは罪に問われ8か月入獄した。アルテミジアは、この事件で受けた精神的、社会的な傷を回復しようとフィレンツェの画家と結婚し、生活に平穏を取り戻した。しかし、夫の借金などで平穏な家庭生活は長くは続かなかった。
アルテミジアの絵画の特徴は明暗のコントラストが効いたダイナミックな画風で、イタリア人画家のカラヴァッジョに似た作風だと評価されることもある。彼女の作品は真っ暗な背景の中に人物たちが描かれることで、より人物の行動や表情が強調される。また陰影も強調されることで、立体感や質感などがより強く表現されている。このような画風が人気を博した。
アルテミジアは事件後も着実に画家としての名声を上げ、女性としては初めてフィレンツェの美術アカデミーの会員に選ばれる。これにより、フィレンツェの実質的な支配権を握っていたメディチ家の後ろ盾を得て、有力なパトロンに恵まれることになる。この安定した地盤の元に、アルテミジアの画才は十分に発揮され、多くの作品を制作することになる。
【絵画データ】
1611-12年作
油彩・カンヴァス
199cm×162.5cm
収蔵場所 ウフィツィ美術館(イタリア・フィレンツェ)
題材は旧約聖書外典の「ユーディット記」である。ユーディットが侍女と共に敵将のホロフェルネスを色仕掛けで欺き殺害してしまう場面である。この残酷な場面を非常に正確な写実性で描いている。特に光の扱い方が見事で、背景を暗くすることで場の雰囲気を支配した上で、人物の陰影は肌の質感までも表現するほどに繊細に描かれている。この写実力がアルテミジアの最大の武器であろう。