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1月 19

歌川広重と今昔江戸百景

今回は、歌川広重の作品と共に東京の名所を紹介して行きたいと思います。広重が活躍したのは1800年代前半なので200年前になります。作品だけ見ても「これどこだよ」と思うばかりで、当時の町並みと今では全く違うので現在の様子と比べながら紹介して行きます。江戸百景は有名な作品でこの手の書籍は幾つもあるので興味があったら買ってみてください。

【日本橋】

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『名所江戸百景 日本橋雪晴』

日本橋は徳川家康が江戸城に入城した後に造られ、初期は木造、明治から石造で架けられている橋です。江戸大火や空襲などの困難を乗り越えて今の様な橋になっています。

日本橋の名前の由来は「日本中の人が力を合わせて造った」や「橋の上から東の空に昇る刺さ陽がよく見えた」など諸説ありますが、江戸時代の頃から中心的な存在だったことは確かです。絵のように多くの小舟が通り、流通の主要な経路であったり、岸辺では魚市場があり庶民の生活にとって大事な場所だったようです。

また、現在では珍しいですが江戸時代の東京は雪が降っていたようで、船の屋根や林の木々に雪が積もっています。またよく見ると橋を渡る人々も笠を被り防寒しているようです。

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左が明治30年代の日本橋、右が現在の日本橋です。日本橋の横には三越百貨店ができ、一気に活気に満ち溢れました。現在では橋の上に首都高速が造られて良い景色とは言い難いのですが、橋自体は明治の頃と変わらずに綺麗に使われているようです。

【上野】
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『名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池』

清水堂は、比叡山の延暦寺が京都御所の鬼門を守護、王城の鎮護を担うと伝えられているのに倣い、江戸城の鬼門の守りとして建立されました。絵の通り、この清水堂からは不忍池、中島弁財天社などを見渡せて景色の良い場所だったようです。
また、清水堂の建物は懸造り(かけづくり)と呼ばれる手法で造られています。懸造りは斜面などのに建てられ、基礎部分が斜めに造られているもので、有名な物では京都の清水寺や鳥取の投入堂などがあります。景色が良い所では効果的な造り方なので真似したのかも知れませんね。

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これが現在のほぼ同アングルで撮った写真です。木々が増えたことで眺めが悪くなっています、少し残念です。しかし、花見などのイベントでは今でもかなちのお客さんで賑わうようで、名所には違いないようです。屋根や欄干の色が変わらないのも嬉しいですね。

【浅草】
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『名所江戸百景 吾妻橋金龍山遠望』

吾妻橋は現在の墨田区と台東区を分かつ隅田川に架かる橋です。昔はこの隅田川に小舟を浮かべ宴をするのが流行だったようです。そこから見えるのは河岸に植えられた何百本もの桜や、大伽藍の浅草寺、金龍山などだったようです。薄らと景色が赤らんでいるのは夕時だからでしょうか。庶民の楽しみは今とあまり変わりませんね。

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現在の吾妻橋からの景色です。アングルは違いますが、スカイツリーや金のう○ちが見え、すっかり都会ですね。橋の色は赤色で今でも雰囲気は十分です。そして隅田川には観光遊覧船が運航しており、今でも川からの景色を楽しんでいるようです。

【小網町】
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日本橋川を下って江戸橋を過ぎると小網町が見えてきます。昔は交通河川として小舟が行き来していたようで、河岸には綺麗に蔵が並んでいたことが絵から分かります。
またこの地域には商屋が多かったようで、絵の右手前には立派な着物を着た女性が見えます。奥にも色鮮やかな着物を着た人々が小舟に乗っているので、割とお金持ちが多い地域だと分かりますね。

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これが現在の小網町周辺の様子です。綺麗に建っていた蔵は関東大震災でほとんど消失してしまったようで、あまり良い景色とは言えないですね。リバーサイドの計画をやり直して、広重の絵の様な場所が戻ってくれればいいなと思います。

【王子】
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『名所江戸百景 王子不動之滝』

王子の渓谷を流れる滝で、正受院の奥にあります。不動之滝の由来は、傍の洞窟の中に不動明王が祀ってあるからだそうです。この不動明王にあやかって江戸庶民はこの滝で滝行をして健康を祈願したようです。主な効能は狂気、のぼせ性、頭痛、肩こりなどです。本当に効くとは思えませんが、当時の人々は日に4~5回も滝に打たれていたようです。

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写真は不動之滝の近くにある名主の滝です。不動之滝は残念ながら今はないようで、痕跡だけが正受院の近くにあるようです。しかし、広重の滝は少し大き過ぎで、地形から考えて写真の滝ぐらいが妥当だと思います。大袈裟な表現は絵画では日常茶飯事なのでご愛嬌と言ったところでしょうか。

【亀戸】
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『名所江戸百景 亀戸天神境内』

亀戸天神は1662年に菅原道真を祀る為に建立されました。境内には大きな池があり、その途中に3つの橋が架けられています。中でも特徴的なのはこの太鼓橋です。渡るには不便すぎるほどの曲線を描いた橋ですが、川面に映る姿は見事な円になります。

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これが現在の橋の様子です。当時と変わらず綺麗に川に架かっており、水面に映った姿も美しいですね。広重がこの反射した太鼓橋を描かなかった理由は分かりませんが、見に行ってからの楽しみとしてとっといたのかも知れません。

【大伝馬町】
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『名所江戸百景 大伝馬町こふく店』

描かれているのは江戸時代の大丸屋です。最初は副業だった木綿問屋達が時代の波に乗り、一躍商いの先頭を走ることになります。大丸は京都の伏見から江戸へ進出し、越後屋などと並び東京で人気の店でした。
その大丸の上棟式が終わり喜び行進している一行も描かれています。まさに今から、京都の人気店がオープンするということで皆浮かれているのでしょう。今とあんまり変わりませんね(笑)

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現在の同じ場所です。大丸は移転してしまい、今では新しい商業ビルが建っています。なんか歴史的な背景を含めて計画できなかったのかと思いますが、どう頑張っても無理でしょうね。建築関係のこのような建て替えは山ほどあります、残念ですが。

【終わりに】
少しだけですが、広重の絵と現状を見比べながら紹介して行きました。まず分かるのは東京の都市がどのように変わっているかということです。最初に変えられるのは建物です。その次に地形などですね。どちらにしても昔の様な景色を見ることはほとんど出来ません。少しぐらいは残して欲しいと思うのですが、しょうがないのでしょう。
しかし、都市の変遷を辿るには浮世絵などは良い資料として使えるので、都市計画などが好きな私からすると凄く興味深いです。また浮世絵は風景画が多いので今後も他の作品でこのような紹介が出来たらいいなと思っています。長らくのお付き合い有難う御座いました。

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