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1月 20

【大衆芸術】大正・明治の広告 引札の世界について

今回のテーマは、大衆の為の絵画「引札」(ひきふだ)について紹介します。引札とはお店などの紹介をする為につくられた広告です。現代でいうと新聞の折込チラシやポスターなどにあたるものです。この引札に描かれる絵は、独特の色彩で描かれ、文字と絵が共存するように作られています。まずは引札の歴史から紹介します。

【生い立ち】

matome461引札は天和3年に越後屋が出した『現金安売り掛け値なし』という札を出したのが始まりと言われています。昔は印刷の技術もないので簡単な文字を書いた物だったようです(左図:越後屋引札)。

その後、印刷技術が発展した明治・大正期には引札の全盛期を迎えます。印刷は機械木版刷、石版刷などで行われ、手刷りの風合いを残しながら大量に制作することが可能になりました。
ちょうど当時の引札について神戸高等商業学校の教授であった中川静が次のように語っています。

「引札は台所辺の壁や襖子の損所等に貼付せられて、可なりに広告の効を発揮したものであったが、ポースターの使用盛んに赴いたと共に、次第にポースター形に変へたり、変へないものは其の使用を廃止するに至ったので、20年前迄盛んに行はれた此の引札も、今日殆んど影を潜め…」

この記述のように、ポスターが主流になる前は各家庭に広く流通し、壁などに貼られていたようです。ただ、壁や襖などの穴を隠していたなど、使われ方は非常に雑だったと予想されます。
引札が完全に姿を消したのは明治後半頃だと言われています。ポスターと新聞広告に取って代わられたのですが、現在では当時の大衆的な芸術と、人々の生活を伝えてくれる資料としてその価値が見直されています。

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「宿屋引札」
【様々な引札】
ここから実際の引札を見ながら紹介していきます。引札といっても色々な種類があり、宿屋、各商店などの商業的なものから、お店の正月のあいさつに使われた「正月引札」、各公共施設などで使われたものなどがあります。それぞれの主要な物を紹介しながら、日本画との美術的な関連性などを探っていきたいと思います。私見が多々ありますので参考程度に見て頂ければと思います。

【商店の引札】
まず、引札で最も多いものは商いへの利用です。越後屋が作った広告札が発祥であるので、この様な使われ方が最も浸透したのは頷けます。しかし、商業用と言っても千差万別。各お店が自分のところで売り出したいものを前面に出した引札を作っています。また、引札は絵が目的を補足してくれるので、各引札が趣向を凝らしたものになっています。

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「宿屋引札」

宿屋の引札です。汽車は旅を連想させる他に、駅近くに宿があることを示しています。看板の文字を見てみると、大阪ステーションより5丁と書かれています。丁寧に目印まで書かれているので、旅人はこの札を頼りに宿を探していたのが想像できます。
字の読めない人への配慮は文字の書き方にも現れています。目印の文字が地図の様な役割を果たしており、「角地の西」が見える場所だとすぐに理解できます。
構成は水辺の地形を生かした曲線の構図で、日本画の山水図のような背景の描き方がされています。最後方に夕陽が描かれていますが、前景の列車の赤い部分などを見てもアクセントカラーとして使われているのが分かります。

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「大阪呉服太物処 現金正札附」

これは呉服店の引札です。右の文字には「現金正札附」の謳い文句が書いてあります。これは春・秋のボーナス払いが主流だった時代に、利子分の上乗せ価格をなしで売りますよという意味になります。今でいうクレジット払いに手数料は付きませんといった感じでしょうか。このような情報が書かれた引札を見てお客さんが店に足を運んでいたようです。
絵を見てみるとカラフルな反物が店に吊るされています。遠くから来る人はこの反物の柄を見て買いに来ていたのかも知れません。まさにチラシの品を描いていたようです。
絵の中には様々な人が行き交っています。中には犬を連れた西洋風の紳士も見受けられます。このような街の生活は庶民にとって憧れであったのでしょう。人物の描き方は大名行列を描いた巻物などのようなあっさりとした雰囲気です。やはり人物より衣装や情景に重きを置いているのでしょう。

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「万履物商」

これは履物屋の引札です。描かれているのは笛を吹く牛若丸とそれを見守る弁慶です。刀狩をする弁慶を牛若丸が五条大橋で退治して仲間にする話は有名ですが、この絵では弁慶がどこか素っ頓狂な表情をしています。この後に戦うようには見えませんね。
このように古典的な物語を引用している引札は幾つもあります。やはり多くの人に親しまれた物語を描くことで見る人の目を引こうと思ったのでしょう。文字を絵が補っている訳ではありませんが、関心を集めると言った点では十分に広告力がある札になってます。

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「西洋洗濯并ニ洗はりゆのし」

これは西洋洗濯屋の引札です。西洋洗濯屋とは洋服などの修繕や洗濯を行っていた店です。当時は西洋化が進み、洋服などは高架でオシャレな物でした。なので西洋洗濯屋はオシャレな店の代表格であったようです。
描かれてる題材も綺麗な着物を着た女性と、福神の様な人相の子供が自転車に乗っています。自転車が現在の形になったのも1860年フランスですから、明治あたりでは最先端なものであったのでしょう。しかし、国旗を持っているところを見ると、国粋主義にある程度配慮しているのが伺えます。

【正月引札】
正月引札は文字通り、正月の挨拶用に作られた札です。現在でいうところの年賀状の様な ものでしょうか。新年の挨拶ですから商品の広告などはされておらず、正月に合った絵が描きこまれているものがほとんどです。また普通の引札と大きく違うのはその流通経路と範囲である。正月引札は不特定多数に配る者ではなく、いつも贔屓にしてもらってるお客さんや近所の人々に配ります。なので正月の挨拶も兼ねて一軒一軒配っていたとも言われています。また近所数百件のみに配って回る店もあったようです。このような引札との違いがどのように絵として出ているか見ていきましょう。

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「炭薪白米商」
これは炭や米を売っているお店の正月引札です。典型的なもので、縁起のいい富士山が描かれています。このように富士や鷹を描く引札は多かったようです。左の文字には店名と住所、代表者名が書かれており必要最低限と言ったところでしょうか。
描かれている富士や手前の波は江戸風で、歌川広重をマイルドにしたような描き方です。色使いも広重風と言ったところでしょうか。このような絵を家のどこかに貼っておくのが当時の流行だったのかもしれません。

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「諸国塩醤油并ニ炭薪商」
これは醤油や塩を扱っていた店の正月引札です。貿易に近いことをしていたようで、舟に一杯の俵を積んでいます。これは商売繁盛を願って描かれたようで、非常に豪華な札絵です。このようなものを近所などに配ることで一種のお守りのような意味も込められていたようです。絵の内容も商売に掛けたもので完成度が高いですね。地域の豪商になればその土地を仕切る様な役割を持っていたでしょうから、このような絵を配っていたのかもしれません。近隣庶民もありがたがっていたのではないかと思います(妄想です)。

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「呉服商」
これは呉服屋の正月引札です。羽をしまった孔雀が大きく描かれ、周りには綺麗な花が咲いています。呉服店ということもあって華やかな題材が描かれています。左の文字は取り扱っている商品の紹介のようで、簡単な店の宣伝も兼ねていたことが分かります。
絵の雰囲気は古風で、孔雀の足元に見える岩などは狩野派の描き方(下図参照)に似ています。花鳥図も水墨画の典型的な題材なので描き方も似せていることに納得がいきます。古典的な絵にすることで気品の様なものが感じられるので、呉服屋のイメージに合っているように思います。

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『禅宗祖師図』 作者:狩野元信

ごつごつした岩の描き方と影の付け方が特徴です。
絵の詳細はコチラ⇒内部リンク

【その他の引札】
引札には商業用以外にも、イベントの告知や施設の紹介などに使われました。祭りがあれば日時と場所を告知し、建物が出来れば何をする場所なのかを教えてくれました。言葉が違うだけで、まさにポスターと同じ役割を果たしていました。その様々な使われ方を見ていきましょう。

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「学校用書籍」
これは学校の図書室に貼られた引札です。どのように使われたか詳しくは分かりませんが、一般図書と学校用の図書を区別する為に使われていたようです。推測では「このエリアは学校用書籍のコーナーですよ」と教えていたのではないかと思われます。
絵ははつらつと遊ぶ子供たちです。服装からかなり最近に描かれたものだと分かります。引札の全盛期にはありえない服装なので、引札の好きな人が昔風に描いたのではないでしょうか。非常にレトロで懐かしい雰囲気を感じられます。

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「是心山寿法寺滝桜之真図」

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「摂州大阪天満宮御祭礼図」(部分)

上二枚の引札は花見や祭りの風景を描いたものです。一枚目は花見の情景を言葉と共に伝えています。枝垂桜の下で花見をする人々が見られます。二枚目は祭りのメインイベント船渡御を描いています。現在でも大阪天満宮の祭りは健在で、当時の様に賑わっているようです。
このようにイベントの様子を伝えることで、地方の人は都の風物詩を夢見たのかもしれません。現在はインターネットなどで様々なイベントの様子を知ることができますが、当時はこのような方法で伝えられていたのです。

【終わりに】
以上の様に簡単に引札について紹介してきました。引札は広告媒体であると同時に、庶民にいちばん近い芸術でした。その物が伝えた情報は、店や商品、行事のことだけではなく、流行の画風や伝統的な画風、有名な物語や物や事など様々でした。引札の絵を見ることで源氏物語を知り、浮世絵を知るといったような感じです。その為、描く方も工夫を凝らしていくのです。
今回紹介した引札は大阪府立中之島図書館に所蔵されている物で、 大阪府がHPで紹介しているので興味のある方は是非覗いてみてください。⇒大阪府HP(外部リンク)
また何かご意見のある方はコメント欄までお願いします。長らくのお付き合い有難う御座いました。

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