【写真】金貸しへの復讐【ピューリッツァー賞】

7c92f8a1

ジョン・ブレア(フリーランス、UPI通信 “金貸しへの復讐(Money Borrower’s Revenge)” 1978年 ニュース速報部門

1977年2月8日、メリディアン・モーゲージ社のリチャード・ホール社長が人質に取られる事件が発生した。犯人はアンソニー・キリツィスという男だった。キリツィスは周到に用意をし、ホール社長が出勤しオフィスに入った瞬間を狙い襲いかかった。その後、ホール社長の首にショットガンをワイヤーで括りつけ、銃身を持った自分の手もワイヤーで括りつけた。これでホール社長が逃げ出せばショットガンに掛かった指が引き金を引き、自分が警察に狙撃されても倒れた拍子に引き金が引かれるという仕組みだった。
この2人は顔見知りであった。キリツィスはホール社長から融資を受けてショッピングモールの建設に投資していた。しかし、ホール社長が融資を拒むと逆上し犯行に及んだのであった。
人質事件は3日間続き、警官隊が数百名集まっていたがこれといった発展を見せないまま進んで行った。カメラマンのジョン・ブレアも取材の為、事件発生2日目から現場に駆け付けた。3日目、状況打破の為にキリツィスと地方検事局が取り決め、記者会見の場を設けて犯人の訴えを主張する機会を与えた。間もなくキリツィスは人質を連れたまま取材陣の前に現れて、自分がされてきた仕打ちを涙ながらに熱弁した。それは巨大融資会社から都合よく利用されて見捨てられた哀れな男の主張だった。この会見をブレアのカメラは記録していた。
そして会見が終わると元の部屋に戻っていった。その直後、一発の銃声が聞こえた。誰もが人質は助からなかったと思ったら部屋からキリツィスが丸腰で出てきて警察に投降した。部屋の中ではホール社長が無傷で解放されていた。銃声はキリツィスが窓際まで歩き、空に向けて放ったのであった。

コメントを残す

Your email address will not be published.