【写真】人種の壁を破るジョニー・ブラント【ピューリッツァー賞】

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ジョン・ロビンソン、ドン・アルタグ(デモイン・レジスター ”人種の壁を破るジョニー・ブラント(Johnny Bright Breaks the Color Barriers 1952年

1951年10月21日にアイオワ州デモインでアメフトの試合が行われた。週末の大学対抗試合で地元オクラホマ農工大学とドレイク大学の対決だった。普段と変わらない試合の中で一点だけ異質な部分があった。それは、ドレイク大学キャプテンのジョニー・ブライトが黒人だったのである。
当時、一流大学のアメフトの試合に黒人選手が出ていることは好ましいことではなかった。この試合でもブライトは激しいラフプレーに合う。
カメラマンのドン・アルタングとジョン・ロビンソンはいつもの通り、学生たちの試合の状況を写真に収める為に大学のグラウンドに来ていた。しかし、その日の彼らが見たのは、試合に関係ないプレーで突き飛ばされるブライトの姿だった。彼らはこの状況をカメラに収める為、一連のラフプレーを連続写真で撮影した。
この黒人選手に対するラフプレーは問題となり、試合をした両大学のあいだで激しい応酬が続いた。この写真はその時の状況を伝えると共に、根深い黒人差別の証拠として今もアメリカ社会に問題を投げ掛けている。

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